昭和40年代〜 の北海道のセミたち

現在、本当に少なくなった、アブラゼミ

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私の小学生昭和40年代から現在少し前まで、セミとい、アブラゼミ、活動も活発で、泣き止むと、すぐ、木物、電信柱に向かって飛んでしまいます。その次に多かったのは、エゾゼミです。このセミは、あまり活発ではなく、たまに、地面の草(たんぽぽ)で鳴くことがありました。ただ、アブラゼミには、このような行動には記憶にありません。そして、エゾゼミより、多少活発なのが、コエゾゼミです。エゾゼミより、一回り小さいです。時代が立ち現在、アブラゼミの減少に変わって、コエゾゼミが、主流です。エゾゼミが次です。アブラゼミの減少にともなって昔と現在が逆になっているのは、不思議です。正直 最近、アブラゼミ多く鳴いているのしょうか??
(最近三匹しか鳴いていません。。。))
東京近郊は、絶対的に、アブラゼミですね。

ここ数年、東京にいました。アブラゼミ、ミンミンゼミが、梅雨明けに、一生に鳴き出します。東京は、北海に比べ緑が少ないと思いますが、公園、少しの空間の緑、道路ぎわの木の緑に、多く生息しています。なぜ、北海道には、ゼミが少なくなったか?私に小学生の時、多くいたのを考えると、ふと、東京と北海道との違いがありました。蚊です。 東京の公園でも、すぐ蚊に刺されるのに、北海道には、公園 施設場所に蚊がいないのです。土の農薬等の汚染かも、しれません。ゴルフ場農薬問題、施設等は数年前から、実際環境問題となっいます。私はどうして思うのか?ぜひ行ってみてください。例えば 田舎の古い神社などの、土を、。
(エゾセミだらけでした。)

エゾゼミとコエゾゼミ

採取は、かなり昔のものです。

現在は 昔採取したゼミの木が、ほんの僅か残っていすが、昔の面影は、ほとんどありません。ゼミが、鳴くごとない場所になり、ふと、時代の長さを感てしまいます。

左の写真は、左から、エゾゼミ コエゾゼミです。山に向かって、ドライブすると、ほとんど鳴いて聞こえてくるのは、このセミたちです。泣き声は、エゾゼミは、声が低音で、ギ”−−と、鳴きコエゾゼミは多少、音質が、高くギーーと鳴きます。行動は、木の太さに限らず、木のえだなどで、そこで、歩きながら鳴くことが多いです。ですから、幹に戻ると逆さまに。なることもあります。そこらへんが、アブラゼミと違うところです。また、必ずしも限りませんが、エゾゼミは、一回鳴きなおり二度目は、同じ付近、再度、泣き出します。鳴きだし後、すぐ飛んでしまうのは、アブラゼミです。

ヒグラシ つくつくぼうし は採取したこと、ありません。

泣き声は聞いたことはありますが、午後、カナカナ
と鳴いています。
つくつくボウシは、道南 にごり川で、鳴いていました。

ミンミンゼミ

基本的に北海道では、いないのですが、こうれいのミヤマクワガタの採取の時も、鳴くのを聞いたことがあります。ツクツクボウシも鳴いていました。さつほろ近辺では、これも昔ですが、円山公園の登山道を登り切った場所で鳴いていたのを、思いだしました。しかしながら、当たり前のように鳴く、東京と比べてみると、北海道で鳴個体数は、圧倒的に少ないです。(基本はいないです。)

昭和30年代からの、セミについての感想を記載してきました。場所は、藻岩山近郊、山鼻公園、から、中島公園です。
サッポロオリンピックの聖火行進にワクワクして歓声し、自衛隊行進の戦車は騒音に、びっくりしたものでした。

左の写真は、山鼻公園です。山鼻小学校が、隣にあります。昔と比べると公園は、あまり変わりませんが、周りの周辺では、多少面影がありますが、、かなり変わってしまいました。山鼻小学校は、現在、近代的に変わっていますが、当時、木造校舎で、真ん中の中庭が、遊び場(運動場)がありました。たしか、学校の2?3?階に、体育館があったような。旧校舎の解体の時、夜学校で、おばけ、きもためし、をやったことも、思い出となりました。あまり活動的でない私でも 当時、まだ、ゲーム、パソコン、がない時代でしたので、いつも、外で、活動していました。メンコ、パッチ、草野球、本当に楽しかったです。(ムシ採りも)

右の写真は、現在の石山通りです。道の向こうに、3本のポプラがあると思います。当時、このポプラが、非常に大きく立っていました。手前が私が住んでいたところです。このポプラも、現在、こんなに貧弱となり残念です。奥に見える山はもちろん、藻岩山です。この、あたりから、セミたちなどの、昆虫が、溢れるばかりi居たのですが、現在、まったく居なくなりました。せめて、このポプラだけでも大事にしてもらいものです。今となっては、目を閉じて出てくる思い出が残るだとなりました。